みんな

温かい。

今回の震災で人の優しさを本当に知った気がする。


震災後、3日目くらいに県北に住む母方の祖父祖母伯父が心配して来てくれた。そちらも同じように地震は大きかったはずなのに、おにぎりやカップラーメンなどを持って。ありがたい。


地震1週間後くらいかな、昔、近所に住んでいた父母の友人が新潟からわざわざ車でかけつけてくれて、少しだけどとガソリンやカセットコンロのガスや、牛乳、卵、パンやおはぎ、魚まで色々持って来てくれた。ガソリンは本当に助かった。大人だけならまだしも、2歳の娘には少しでも栄養あるものを食べさせてあがたかったし、ましてや私も妊婦、ちょっと風邪気味だったこともあるので、食料も本当に感謝感謝だ。カセットガスもかなり重宝している。カセットコンロはあったものの、ガスがなくて・・・。
反射式石油ストーブの上で湯をわかしたりだったから。
本当にありがたかった。


この前は岩手から旦那と義父母が三人で心配してきてくれて、ガソリン、野菜や果物、IHの卓上調理器(鍋付き)などを持ってきてくれた。
まだまだガスが復旧していないので助かる!!そちらもまだ大変なのに。
なにより無事な元気な顔をみれたのが一番の喜び。感謝。ありがたいな。


そして震災1週間後あたり、嬉しい事があった。
父の伯父が無事だった事がわかったのだ。
津波被害が大きかった荒浜地区に夫婦ですんでいるおじちゃん。
全く連絡がとれず、近くの小学校に避難していないか父が確認しに行ったのだけどわからず、県警のホームページで安否確認をみたりしたけど、名前がなく、あきらめていた矢先、なんと、本人が家まで歩いて来てくれたのだ。良かった〜。
おじちゃんおばちゃんは最初、中学校に避難したらしくその後小学校に移動していて父が探してた時にすれ違いになってたみたい。
その後、携帯の充電がないし風邪をひいて声が出なくて、連絡したくても出来なかったという事で、1週間後に避難所から歩いて来てくれた。
家は流されず、残っていたみたいだけど、傾いていたり、住める状態では
ないらしい。残っているのが不思議なくらいだと。
まだ避難所暮らしだけど、被災した家から持ってこれるものを車で行って持って来て、うちにひとまず運んで置いている状態。
今、アパートなんかを探しているのだけどやはりなかなか決まらないらしい。家を失くして避難所で生活している人はやはりみんな同じように部屋をさがしているので近い所はもうほとんどアパートやマンションなどは空きがないみたい。
なので見つかるまで、うちにおいでと説得しているのだけど、迷惑をかけるからとかたくなに拒否されている。
そんなおじちゃんおばちゃんが荷物を持ってくるたびに、避難所で配られるお菓子やパンを沢山、食べきれないからと娘にもってきてくれてたりする。ありがたい。娘も大喜び。


そのあとには、私の仲良しの友人も避難所から歩いて元気な姿を見せに会いに来てくれた。
その友達が一番心配だったから。地震後3日目かなやっと無事メールがきた時は本当に本当に安心した。だって、今、住んでいる場所も、実家も、
職場も旦那さんの職場も全部津波被害が大きい場所だったから、どこにいても危険だったから。その子は地震時、実家の荒浜の歯医者さんにいたようで、地震後すぐ実家に戻り、赤ちゃんを抱いて外でパニクル義妹を落ち着かせ、家の中から急いで上着や倒れた仏壇からお父さんの位牌や遺影を持ち出して急いで車で小学校に避難したみたい。その15分後ぐらいで津波がきたという。
その子の家族もみんな無事だったから良かった。
それから落ち着いて被害状況を見に実家に行ってみたら、家も何も無かったと。携帯で写真を見せてもらったけど、本当に何もなく、え?ここが??家があった場所??と目を疑うくらい。その子の家には何度も行った事があったのだけど、全く面影も何もなかった。
実際に目の当たりにしたら、私自身、相当ショックを受けそうな感じ。
その子は、会いに来てくれた時も実家を失くしたのに震災前と変わらず明るくて、妊婦の私や娘の体の心配をしてくれて・・・恥ずかしいが逆にこちらが元気をもらえた。
しかも、娘に避難所から支給されたお菓子を手土産にもってきてくれた。
本当にありがたい。


みんなみんなみんなの気持ちが嬉しい。

親戚、知り合い、友人の気持ちも、日本全国の、世界中の人の気持ちが嬉しい!!みんな一人じゃないんだね、みんなつながっていて、助け合って、手を取り合って生きている。
この震災は本当に大変な大きな大きな災害だったけど、その分、人の繋がりや優しさ、温かさを知る人生で大きな体験、勉強だったのだと思う。
自分も今はまだ何も出来ないけど、いつか誰かの為に役にたてる事をしたいな。